MEMO

日常の呟きから小説裏話まで
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いつかどこかで2・但し書き

【但し書き】

・こちらは15周年企画「いつどこゲームde短編小説Part2」の投票結果をもとに書いたオリジナル小説です。
・全6話構成の不定期連載となります。
・勢いで書き上げて勢いでアップします。誤字脱字、また色々気になる点がございましたら各話のコメント欄よりご意見等をお寄せください。
・全話連載終了後、あれこれ修正して完成版にしたものをサイトにアップします。


第1話「いつ」 2014/07/16
第2話「どこで」 2014/07/18
第3話「誰が」「誰と」 2014/07/30
第4話「何をして」 2014/09/30
第5話「どうなった」 2014/10/02
エピローグ 2014/10/11


・完成版をサイトにアップしました!(2014/10/11追記)


いつかどこかで2・エピローグ

「二人とも、何てところから入ってくるんですか!!」
 開け放たれた窓から飛び込んできた仲間達の姿に、思わず寝台の上で後ずさったカイトは、ずり落ちた眼鏡をぐいと持ち上げながら、そんな抗議の声を上げた。
「お前、ツッコみどころはそこかよ」
 苦笑するエスタスの横で、アイシャがホッとしたような表情で呟く。
「起きてた。よかった」
「ええ、随分楽になりました。ご心配を――」
 そこでようやく、目の前の二人がふよふよと宙に浮いていることに気づき、今度は寝台から転げ落ちそうになるカイト。
「なななな、何で浮いてるんですか!?」
「気づくのが遅いよ」
 やれやれと肩をすくめつつ、手にしたお盆を机に置くエスタス。薬の効力は続いているようで、この状態だと椅子に座ることが出来ないのが難点だ。
「どうしたんですか二人とも!?」
 どうにか体勢を立て直し、そう尋ねてくるカイトに、何と説明をしたものかとエスタスが顎を捻る横で、アイシャがずずいと手にしていたお盆を突き出す。
「元気になる料理、作った」
 器に注がれたアイシャ特製の煮込みは、未だほかほかと湯気を立てている。見た目は絵の具でも入っているのかと思うほどの赤。これまでアイシャの手料理で散々泣かされてきただけに、素直に「はい」と言えるものはないだろう。
「は、はあ……」
 慄くカイトに、エスタスがずいと匙を差し出した。
「百聞は一見にしかず、だ。食べてみろよ!」
「なるほど。つまり、二人のその状態はこの料理と関係があるということですね? うーん……」
 苦手意識と知識欲を天秤にかけ、しばし唸っていたカイトだったが、どうやら知識欲が勝ったらしい。差し出された匙を受け取り、恐る恐る赤い汁に突っ込む。
「ど、どれどれ……」
 決死の覚悟といった形相で、匙を口に運んだカイト。そしてごくり、と嚥下し――。
「かっ……!!!」
 それきり言葉にならず、無言の悲鳴と共に悶絶しているカイトに、今度はエスタスが自分の持ってきたお盆から取って付きの器を取り上げると、ほらよと差し出した。
「まあ飲め」
 反射的に奪い取るようにして器を受け取り、一気に飲み干すカイト。それでようやく喉を通り抜けて行った激痛が治まったのか、ほっとした顔で口を開く。
「ああ、助かりましたエスタス。これはメイラ小母さん直伝の煮込みですね。いやあ、美味しいなあ……??」
 最後まで言い終わらないうちに、カイトの体がふわりと寝台から浮き上がった。
「おお? おおおおお!?」
 まるで重さが失われたかのように、ふわりと宙に浮かぶ己の体に、驚きとも喜びともつかぬ奇声を発し、ばたばたと手足を動かして均衡を取ろうとするカイト。その脇を支えてやって、エスタスは苦笑交じりに呟いた。
「一口でこれかよ。どんだけ効き目の強い薬だったんだ?」
「効果は、抜群」
 満足そうにうんうんと頷くアイシャ。そして、ようやく自分で体勢を整えられるようになったカイトは、狭い客室内をふらふら飛び回りながら、はしゃいだ声を上げる。
「あはは、これは楽しいですねえ!」
「だろ?」
「元気、出た。よかった」
 にこにこと微笑み合う三人の背後、開け放たれた窓の彼方から、どっと沸き上がる歓声が響いてきた。
「おや、何だか騒がしいですねえ?」
「もしかして……これを飲んだのか?」
 なかなか戻ってこない二人に痺れを切らして、審査員達が味見をしてしまったのかもしれない。
「行こう」
「おう!」
「はい!」
 力強く頷き合い、壁を蹴って窓を飛び出す。
 そうして、三人の冒険者達は快晴の空の下、賑わう街を眼下に、村長達の待つ広場へと翔けていった。


いつかどこかで2・終わり

いつかどこかで2・第5話「どうなった」

 カラーン、カラーンと澄んだ鐘の音が鳴り響く。
『しゅうりょーう!! 皆さん、手を止めてくださーい! お疲れ様でしたー!!』
 間髪入れずに響き渡った村長の声に、仕上げを終えたエスタスはお玉から手を離した。
「ふう、終わったか」
 肉と野菜の煮込み料理が一品、付け合せが二品。一刻の間に作ったにしては上出来だろう。
 さてアイシャの方は、と向かいの天幕を窺えば、ぐつぐつ煮えたぎる鍋の前で満足げに腕組みをしているアイシャと目が合った。
「どんな出来だ? アイシャ」
「いい感じ。負けない」
 ぐいと親指を突き出して答えるアイシャ。彼女にしては珍しい感情表現に慄きつつ、こちらこそ、と笑ってみせるエスタス。
『さて、それでは早速審査に入りたいと思います! まずは緑の天幕、西大陸代表のリュシオーネさん!! リュシオーネさんはなんと、一昨年まで西大陸の『塔』で料理人をされていた実力派! 現在は港町リトエルで雑貨屋を営んでいらっしゃいます。さあ、『塔』の魔術士達を虜にした料理の数々、披露していただきましょう!』
 歓声に包まれながら審査員席へと進むのは、たおやかな名前の響きとは裏腹に肝っ玉母さんを絵に描いたような中年女性だ。袖から覗く逞しい二の腕は、『塔』で大量の食事を作り続けてきた証拠だろう。
「カイトのやつ、やっぱり間に合わなかったか……」
 一番端の特別審査員席は、相変わらず空いたままだった。それは観客も気になるところだったようで、ざわつく広場に村長の声が響き渡る。
『特別審査員がまだ来ておりませんが、時間がありませんので進めさせていただきます』
 申し訳なさそうにそう断りをいれた村長は、それでは、と大仰に片手を振り上げた。
『審査員の皆さん、どうぞ召し上がってください!!』
 一層大きな歓声が上がり、審査員達がそれぞれ旨そうに料理を頬張る中、赤の天幕ではアイシャが揚げ菓子を網の上で冷ましながら、ちらちらと広場の入口を窺っている。
『南大陸代表のアイシャさん、準備をお願いしますねー。その次は東、北ときて、最後は中央大陸という順番になりますよー』
 そんな言葉に審査員席を振り返れば、まだ審査員達は西大陸の料理に舌鼓を打っている。まだ時間はありそうだと判断して、エスタスは青の天幕を離れると、せっせと食器を並べているアイシャへと近づいていった。
「アイシャ、一人で大じ――なんかいつもに増してすごいな、それ」
 鍋から立ち上る刺激的な香りに、思わず顔を顰めるエスタスに、アイシャはえっへんと胸を張ってみせる。
「いい香辛料、手に入った。隠し味も、ばっちり」
「……一応聞くが、味見したよな?」
 その言葉に、はっと口を押えるアイシャ。
「……してないんだな」
「してなかった」
 これはまずい。辛過ぎて審査員がひっくり返りでもしたら一大事だ。
「今からでも遅くない。味見しといた方がいいぞ」
 真摯な瞳で提案するエスタスに、アイシャもさすがにまずいと思ったらしい。こくりと頷いて、赤く煮えたぎる鍋の中身を手早くすくい、なぜか二つの小皿によそったと思ったら、一つをぐい、と突き出してきた。
「……何で俺の分まで」
「私じゃ、分からないから」
 要するに、辛いものに慣れている自分では、一般的な感覚が分からないと言いたいらしい。提案してしまった責任もあるし、と腹を括り、エスタスは差し出された小皿を受け取ると、その赤さにごくりと喉を鳴らした。
「……大丈夫なんだよな!?」
「大丈夫」
 自信満々に頷くアイシャを信じ、一気に小皿の中身を喉に流し込む。
「かっ……!! 辛っ……」
 それ以上は言葉にならず、顔を真っ赤にして咳き込むエスタス。そんな彼を尻目に、平然とした顔で「おいしい」と頷いているアイシャ。
「アイシャ、これはちょっとっ……ヤバい――え?」
「美味しい。大丈夫。――あ」
 真っ赤な顔で却下しようとしたエスタス、そして満足げな表情で審査員の分を器によそい始めたアイシャ。両者の体が、ふわりと宙に浮き上がる。
「おおおおおお!?」
「わあ」
 まるで体から重さが消えてなくなったかのように、ぷかぷかと浮き上がった二人の体は、天幕に受け止められてどうにか静止した。
 衆人環視の中での出来事だ、集まった観客達からは驚愕の声が上がり、それが広場中に伝播していく。
「え、なにあれ」
「おいおい、町中での魔法はご法度だろ」
 どよめきが溢れる広場に、村長の冷静な実況が響き渡る。
『おおっと、南大陸代表のアイシャさん、東大陸代表のエスタスさんが突然宙に浮き上がりました!! これは一体どうしたことでしょう!?』
「こっちが聞きたいよ!!」
 思わず怒鳴り返すエスタスを尻目に、ポンと手を打つアイシャ。
「分かった。薬のせい」
「薬ぃ!? ああ、昨日買ってたあれか!」
 昨日、この噴水広場の出店の一つで買い求めていた『元気になる薬』。確か店主は「飛び上るくらい」にと言っていなかったか。
「本当に飛び上がってどうするんだ!! つーか、なんでそれを料理に入れた!」
「私じゃない。多分、村長。隠し味の瓶と間違えて、入れた」
『これは大変なことが起こりました!』
 やけに近くで声が聞こえると思ったら、拡声の魔具を手にした村長がバタバタと駆け寄ってくるところだった。
「すみません、私がさっき瓶を間違えてしまったんですね」
 さすがに魔具から口を離して謝罪してくる村長に、アイシャが仕方ないと手を振る。
「言い方、悪かった。隠し味は、こっち」
 空中で器用に体を回転させて、アイシャが指差したのは「紫色の硝子瓶」だ。昨日アイシャが買い求めていた「紫色の液体が入った瓶」と間違えてしまったのだろう。
「なんてもん入れるんですか!!」
 抗議するエスタスの横で、アイシャは動くコツを掴んだのか、水中を泳ぐように天幕の中を所狭しと飛び回っている。
「アイシャ! 何やってんだ!」
「楽しい」
 そんな様子を見上げて、村長は腕組みをするとしみじみと呟いた。
「はあ、確かにこれは、”飛び上がるくらいに”元気が出る薬ですねえ……」
「デショー。元気、ゲンキ」
 いつの間にやらやってきて、呑気な相槌を打っているのは、例の薬をアイシャに売りつけた異国の行商人だ。
「あんた! 何を売りつけやがった!」
 その声を聴きつけたエスタスは、天幕の支柱を蹴って空中で一回転すると、男の胸ぐらを掴んで抗議の声を上げた。しかし彼はぱたぱたと手を振りながら、陽気な声でこう返してくる。
「ダカラ、元気になる、薬だネー。楽しいデショ?」
「そういう問題か!」
『これは予想外の事態になりました。なんとアイシャさんの料理は、飛び上るほど元気が出るようです!』
 いい加減な実況を入れる村長に、観衆からは驚きと喝采とが半分ずつ上がっている。審査員達は何とも言い難い表情でこちらを窺っているが、今はそれどころではない。
「おい! これ、いつになったら効果が切れるんだ!?」
「サア?」
 小鳥のように小首を傾げる異国の商人に、またもやエスタスが怒鳴り声を上げようとした、まさにその時。
「そうだ」
 そんな声に振り向けば、どこか楽しそうに瞳を輝かせたアイシャがふわりと宙を泳いで近寄ってきた。
 そのまま両手を口に当て、こそこそと耳打ちをしてくるアイシャに、最初は皺の寄っていたエスタスの眉間が徐々に緩んでいき、最後はとっておきの悪戯を思いついた子どものような表情を浮かべて、ぱちんと指を鳴らす。
「そりゃいいな」
「行こう」
 ひょいと机の上のお盆を取り上げ、力強く天幕の支柱を蹴って、遮るもののない青空へと飛翔する、南の国の少女。
「ちょ、ちょっとアイシャさん!? どこへ行くんですか?」
 慌てた声を出す村長に、一度自分の天幕に戻ったエスタスが、楽しげに言葉を投げかける。
「ちょっと野暮用で! 先に進めててください!」
 こちらもお盆を手に、ひらりと碧空へ飛び出す赤毛の青年に、会場からまたもやどよめきが沸き起こる。
「ええっ!? あー、えーっと」
 説明もされぬまま取り残された村長は、しばし呆然と空を翔る二人の背中を見送っていたが、はたと我に返ると、手にしていた拡声の魔具を作動させて、今にも詰め寄ってきそうな観衆に向けて大声を張り上げた。
『えー、ただいま南大陸代表、東大陸代表が急用で飛んで行ってしまいましたのでー、先に北大陸代表の方、お願いしますです、はい』

いつかどこかで2・第4話「何をして」


 明けて翌日――。
 噴水広場は朝から異様な熱気に包まれていた。
『えー、えー。ただいまより、噴水祭特別企画『五大陸対抗料理対決』を行いまーす!』
 どこから借りてきたのやら、拡声の魔具を使い広場中に響き渡る声でそう宣言したのは、誰であろうエスト村長ヒュー=エバンスだ。
「五大陸って……なんで増えてるんだ」
 天幕の下、呆れ顔で頭を掻くのは青い前掛けをつけたエスタス。一方、隣の天幕では赤い前掛けをつけたアイシャが、どこで調達してきたのか何種類もの香辛料をせっせと仕分けている。
 噴水を囲むように設置された天幕は五つ。各大陸を想起させる色に塗り分けられた天幕の中にはそれぞれに簡易な調理台と大量の材料が用意されていた。
 南大陸代表はアイシャ、東大陸代表はエスタス。あとの三大陸の代表者は、どうやら村長が昨日広場中を駆け回って集めて来たらしい。
『制限時間は一刻! それぞれ、自慢の郷土料理を作っていただきます! 料理の種類・数に制限はありません! 皆さん、どうぞ存分に腕を振るってください!』
 噴水前の特設台で手際よく説明をしている村長は、北大陸代表で出場するのかと思いきや、料理が得意ではないという理由で司会進行役に回ったらしい。
 審査員には「公正を期すため」ということで、村長が適当に声を掛けた老若男女が十人ほど選ばれているが、末席の「特別審査員」と書かれた札が立てられた席は空席となっている。本来そこに座っているはずの人物は、叩いても揺すっても起きる気配がまったくなかったので、置手紙だけしてそのまま寝かしておいた。
「カイトのやつ、手紙にちゃんと気づくかな……」
 一応、昨日のうちに説明はしてあるが、その時はまだ熱があったから、どこまで把握できているかがかなり怪しいものだ。
『さあ、鐘の音と共に料理開始です! 皆さん、準備はよろしいですか!?』
 大仰な身振りで時計台を指差す村長。長針がカチン、と頂点を示し、割れるような歓声が噴水広場を埋め尽くした。
『料理対決、開始です!!』
 どこからか快活な音楽が流れ出し、雰囲気を更に盛り上げていく。
「おいおい、やり過ぎだろ……」
 冷や汗を掻きつつ、エスタスは材料の並んだ調理台を改めて見回し、よし! と両の拳を打ちあわせた。
「やるしかないか!」
 献立はもう昨日のうちに考えてある。カイトと二人、成人するまでを過ごしたエスタイン王国の名物料理。帰省するたび母に作り方を教わっていたのが、まさかこんなところで役に立つとは思いもよらなかった。
 手際よく野菜を刻んでいくエスタスに対し、正面の赤い天幕の下では、アイシャが大きな擂鉢に香辛料を次から次へと放り込み、擂粉木でごりごりとすり潰している。
『おおっと、南大陸代表アイシャ選手! 一心不乱に香辛料を擂っているー!! 一体これは、何に使われるのでしょうか! 実に気になります!』
 いつの間にやらやってきた村長が、まるで格闘技の試合でも解説しているようなノリで、拡声魔具を手に実況しているのが、どうにも鬱陶しい。
『変わってこちらは東大陸代――』
「村長! 気が散るんであっち行ってください!」
 先手を取って抗議したところ、村長は残念そうな顔でそそくさと青い天幕を離れて行った。すかさず今度は緑の天幕、西大陸代表の実況を始めたが、こちらを気にしてか声量を抑えてくれている。
 そうして村長が五大陸の天幕を一通り回った頃には、あちこちの簡易竈からいい匂いが漂い始めていた。
「よし、これであとは煮込むだけ、と」
 一品目を終え、さて次に取り掛かろうとしたところで、再び目の前の赤い天幕が目に入る。どうやら香辛料の調合を終えたらしいアイシャは、それを鍋で炒めて、そこに具材と水を投入し終えたところだった。しかし、その時点ですでに、鍋から立ち込める匂いが半端ない。
「アイシャ……お前また、そんな強烈に辛そうなものを……」
 ちらりと窺えば、鍋の中身は真っ赤に染まっている。
「これはすごいですねえ~」
 呑気な声に振り向けば、村長がエスタスの隣でふむふむと腕組みをしていた。
「村長!」
「あ、お邪魔でしたか? いや、一通り実況も終わったので、司会としてではなく一個人として皆さんの応援に来たんですが」
 確かに、各天幕は煮込みや二品目の下ごしらえと言った、実況するには地味な行程に突入している。あとは恐らく完成間際にあちこちを回るつもりなのだろう。
「公正を期すためお手伝いはできませんが、応援なら幾らでもしますよ!」
 あまり嬉しくはない申し出だが、横に居座られて延々実況されるよりは幾分マシだ。
「エスタス君が料理をしているところは初めて見ますが、なかなか手馴れてますよね。やはり、エスタインでは男女問わず料理も必修科目なんですか?」
「確かに学園でも習いましたけど、ほとんど自己流というか、母親が料理しているところを見て覚えたようなもんですよ。実はカイトの方が料理はうまいんですけどね。あいつに作らせると時間がかかって仕方ないんです」
 なるほど、と苦笑を漏らし、ついと向かいの天幕に目を向ける村長。その視線の先には、また何やら擂鉢で擂っているアイシャの姿がある。
「アイシャさんは……手際はよいようですが……」
「上手いんですよ、アイシャの料理も。ただとにかく香辛料が効いてるから、慣れないとキツイでしょうね」
 旅の途中など、手持ちの材料で調理するしかない時はまだ控えめになるのだが、今回は南大陸料理を出している屋台の店主が色々な香辛料を提供してくれているものだから、いつも以上に張り切っているようだ。漂ってくる香りも半端ない。
「そう言えば村長。カイトの様子を誰かに見に行ってもらえないでしょうか。このままだと、試食に間に合わないかもしれませんよ」
「そうですね。後で手の空いている人間を行かせましょう。今朝の様子では熱も下がってましたし、そろそろ起きているかもしれませんね」
 では、と手を振って天幕を後にした村長に、ほっと息を吐いたエスタスは、残り時間を使って二品目を作るべく、再び包丁を手に取った。


「アイシャさん、調子はどうですか?」
 ひょっこり顔を出した村長に、擂鉢を抱えたアイシャは表情を変えることなく、こくんと頷いた。
「すごい匂いですけど……」
「いい香辛料、手に入った」
 どことなく嬉しそうな声音でそう答え、擂り終えたそれらを鍋に投入し、ぐるぐると掻き混ぜる。
「それで完成ですか?」
「もう少し、煮込む。その間に、お菓子を作る」
「おやおや。これは楽しみですねえ!」
 お世辞ではなくそう答える村長を横目に、何やら揚げ油の用意を整えたアイシャは、続いて深めの器に卵だの小麦粉だのを投入すると、それを両手で捏ね始めた。
「あ」
 唐突にその手がとまり、珍しく焦ったような表情を浮かべるアイシャに、おやと小首を傾げる村長。
「隠し味、入れ忘れた」
 粉だらけの両手を見て思案するアイシャに、それなら、と片目を瞑ってみせる。
「私がやりましょう。何、そのくらいなら手助けしたとはみなされませんから大丈夫ですよ」
「頼む」
 ホッとした顔で、再び生地を捏ね出すアイシャ。
「どれを何に入れればいいんです?」
 何しろ調理台の上は材料と香辛料でいっぱいだ。
「紫の瓶。中身を全部、鍋に」
 相変わらず最低限のことしか言わないアイシャの言葉を手掛かりに、様々な瓶からお目当てのものを探し出す。
「ああ、これですね。これを鍋に、と」
 妙に粘度のある液体をとぽとぽと鍋に注ぎ込み、ぐりぐりと掻き混ぜて、村長は満足げにおたまを置いた。
「はい、できましたよ」
「助かった」
 僅かに表情を緩めたその顔が、彼女なりの笑顔であることを知っていたから、村長はどういたしましてとにっこり微笑んで、空になった瓶を脇に寄せると、さてと呟いた。
「そろそろ、カイト君を呼んでこないとね。折角のお料理を食べてもらえなかったら、悲しいですもんねえ」
 こくこくと頷くアイシャに手を振って、天幕を出ていく村長。その背中を見送って、アイシャはようやく一つにまとまった生地を手際よく千切って丸めると、次々と揚げ鍋の中に放り込んでいった。

いつかどこかで2・第3話「誰が」「誰と」


「すごい」
 珍しくもアイシャがそんな感想を呟くほどに、エルドナの街は人で溢れ返っていた。
 三年に一度の祭りとあって、街の住人のみならず、大勢の観光客が押し寄せているようだった。街の中央にある噴水広場には出店が立ち並び、あちこちから色々な匂いが漂ってくる。
「アイシャ、離れるなよ。迷子になるぞ!」
 エスタスが注意したのも束の間、アイシャはふらふらと出店の一つに引き寄せられ、売り子の熱心な言葉に耳を傾けている。
「アイシャ!」
 妙なものを売りつけられてはかなわない、と慌てて駆けつけたが、時すでに遅し。アイシャはどぎつい紫色の液体が入った硝子の小瓶を握りしめ、ほくほくとした表情で立ち上がった。
「何を買わされた!? 妙な薬じゃないだろうな!?」
「ヤダナー、お客サン。変な物、売ってないヨー」
 パタパタと手を振る売り子は、浅黒い肌の青年だった。アイシャと同じく南の出身なのだろうか。言葉にもどこか異国の響きが混じる。
「元気になる、薬」
 アイシャの返答に思わず眉を顰め、彼女が握っている小瓶を胡乱げに眺めるエスタス。
「カイトにか?」
 そう尋ねると、アイシャはどこか照れくさそうにこくんと頷いてみせた。
 三人組の《暴走知恵袋》ことカイトの姿がここにないのには理由がある。ここまでの道中ではしゃぎ過ぎたのか、昨日の夜から体調を崩し、街に着くやいなや宿屋の寝台で寝込む羽目になっているからだ。
「ソレ飲めば、たちまち体軽くナルヨ。飛び上るくらいに元気出る、間違いナシ!」
 器用に片目を瞑ってみせる売り子に、聞き慣れない言葉で何かを告げ、くるりと踵を返すアイシャ。
「お、おいアイシャ!」
「ご飯、買わないと」
 二人がカイトを宿に残して広場まで出向いたのは、昼食を調達するためだ。村長は明日から店を出すための最終確認に役場へと出向いており、夕方まで戻らない。昼食を買うがてら祭の雰囲気を味わってくるといいですよと勧められて、二人でこの噴水広場へやってきたのだが、あまりの人出と店の多さに、もはやお腹いっぱいといった感じだ。
「お客サン、美味しい店アルヨ。南の料理ネ」
 ちゃっかり話を聞いていたらしい青年の言葉に、すでに歩き出していたアイシャがものすごい勢いで戻ってきた。
「どこ」
「五軒先の紫色の天幕ダヨ。串焼きも炒め飯もアッタヨ。山羊の煮込み、美味しかったナァ」
「山羊の煮込み!!」
 アイシャのこんな弾んだ声を聞いたのは初めてな気がする。
「買ってくる」
 走り出しかけたアイシャを慌てて引き留めて、エスタスはまあまあと宥めるような声を出した。
「故郷の料理にはしゃぐのは分かるけど、南大陸の料理ってあれだろ、香辛料がききまくってる奴だろ。今のカイトにそれは酷だと思うぞ」
 エスト村に居つく前、三人であちこち回っていた頃から、食事当番は交代制だった。定宿が出来た今では作る機会も少なくなったが、アイシャが当番の時に出てくる、匂いも味もかなり強烈な南国の料理の数々は今でも鮮明に覚えている。エスタスはともかく胃腸の弱いカイトは割と大変な思いをしていた。
「それだったら、東大陸の料理を探してやった方が、あいつも嬉しいんじゃないか」
 エスタスとカイトの出身地である東大陸の料理は薄味で、出汁を利かせて素材の味を引き出すものが多い。今の弱っているカイトにはその方がいいと思っての提案だったのだが、アイシャはぶんぶんと首を振った。
「弱ってる時、辛いのを食べる。汗が出て、元気になる」
「俺やアイシャならそれでいいかもしれないが、カイトは胃が弱いんだぞ。今のあいつに辛い物なんか食べさせたら、逆に胃をやられて寝込んじまうよ」
「香辛料は、薬」
「いや、だからその香辛料にやられるんだって」
 一歩も引かないアイシャに、やれやれと頭を掻くエスタス。口数こそ少ないが、彼女がこうと決めたらテコでも動かない頑固者であることはこれまでの付き合いで学んでいる。
 どうしたものかと頭を抱えかけたその時、能天気な提案が背後から響いてきた。
「では、料理対決をするというのはいかがでしょう?」
 聞き慣れた声に二人して振り返れば、そこにはは宿の入口で分かれたはずの村長の姿があった。
「村長!?」
「話は聞かせてもらいました。南大陸の料理か、東大陸の料理か。お互いがそれを作って、カイト君に決めてもらえばいいんですよ」
 幸い、ここには材料も豊富にあることですし、とにこやかに言ってのけ、さあどうです? と周囲に呼びかける。
「ソレ、いいネ!」
「お、なんだ? 面白そうな話してるじゃねえか」
「南と東の料理対決だってよ、みんな!」
 どっと歓声が沸き上がり、何だかもう当事者を置き去りにして勝手に盛り上がり始めた周囲を、村長のよく通る声が効果的に煽る。
「それでは、対決は明日の朝! この噴水広場の特設会場で行います! 皆さん、どうぞお楽しみに!!」
 万雷の拍手が沸き起こり、見知らぬ人々から叱咤激励の声を浴びせられ、アイシャとエスタスはぽかんと立ち尽くすしかなかった。
「そ、村長……」
「いやぁ、何か祭を盛り上げる企画はないかと役場の方に言われましてね。ちょうどいいじゃありませんか。明日までに二人とも、何を作るか決めておいてくださいよ」
 というわけで、と手にした包みをひょいと持ち上げ、にっこりと笑う村長。
「今日のところは、北大陸の名物料理で我慢してください。さあ、カイトさんが待っていますよ。宿に戻りましょう」